学生時代の短編映画脚本『最終章』
(*オリジナルタイトルは『 The Final Chapter 』で Los Angeles City College 在学中にシネマ科の脚本の課題で英語で書いたものを翻訳し、日本向けに多少改訂しています。
尚、日本の脚本形式については詳しくないので、その点はご容赦ください。)
『最終章』
◯長距離列車内 ― 夜 ― 1990年代後半
推理作家(60代)は、最前列の通路側の席に座り、ノートパソコンの空白の画面を見つめて腕を組んでいる。集中しようとするが、通路を挟んだ隣の左後ろ側の席を見る。二人の子供と母親が楽しそうに会話をしている。作家の腕時計のアラームが鳴る。
古びたデジタル腕時計の表示。11:40PM。
作家はアラームを消し、時刻表に目を向ける。
時刻表が、午後11時50分到着の文字を示めす。
作家は深呼吸し、ノートパソコンの電源を切る。作家は隣の男の声を聞く。
刑事「あの、すみません」
刑事(40代)は、席を一つ空けた窓側の席から、作家の顔をじっと見つめている。作家は眉間にしわを寄せる。
刑事「まさか、こんなところでお会いできるなんて」
刑事は自分の持っている本の裏表紙を指さす。作家は裏表紙に自身の顔が写った白黒写真を見て、微笑んでうなずく。
刑事「あの、私、あなたの大ファンなんです。まさか隣に座っているだなんて」
作家「(笑顔で)私も、隣の人が新作を読んでいるなんて気がつかなかったですな」
刑事「この私立探偵・野実久喪シリーズが大好きで、シリーズの1作目を読んで以来ずっとです。そのおかげで今の職につけました」
作家「そちらも私立探偵を?』
刑事「いえ、私は刑事をやっています。いつもあの探偵のようになりたいと思っています」
作家「それは嬉しいですね」
刑事「ですが、ずっと気になっていたことがあるんです」
作家「なんでしょう、刑事さん?」
刑事「あなたの小説に出てくる警察関係者たちは、無能というか、とてもコミカルですね」
作家「(笑いながら)あれは話を面白くするための引き立て役としてですよ」
刑事「ああ、これで納得しました」
作家「(目をそらしながら)私はいつもこの国の警察を誇りに思っていますよ」
刑事「それは嬉しいお言葉です。ところで、これまで20冊以上も、あれほどのトリックはどうやって思いつくのですか?」
作家「それは難しい質問ですな。皆それぞれやり方があるでしょうが、私の場合はまさに闇雲に蜘蛛の糸で魚を釣るようなもので。全然答えになってませんな」
刑事「(うなずきながら)おっしゃりたいことは分かります」
作家「小説のトリックを考えるのは、今の質問に答えるのと同じくらい難しいもので。毎度苦悩の連続で」
刑事「良い本を書くのは大変そうですね。私は一日で全部読んでしまって、申し訳ない気持ちになります」
作家「そんなに良かったですか?(刑事が持っている本を顎で指し)その新作」
刑事「はい、読み始めたら止まらなくて。20年以上、あなたの本が出るたびにシリーズ全て発売日当日に読んできました」
作家「そう言ってもらえると、書いてきた甲斐がありますな」
刑事「いや、そんなに謙遜なさらないでください。あなたは日本で最も有名な作家さんですよ。ほら、あそこに広告が見えますか?あんな風に宣伝される作家は、今やあなただけです」
作家は刑事が指さす窓の外を見る。
『野実久喪(ヤミクモ)シリーズ新作来週発売!』と、遠くのビルに大きな広告が掲げられている。
作家「(独り言のように)次はどうしたものか」
刑事はゆっくりとうなずき、広告を見つめる。
刑事「(小声で)そうでしたか」
作家はまだ景色を見ている刑事に目をやる。うつろな表情の刑事。
作家は眉をひそめ、目をそらして咳払いする。
作家「ところで、刑事さんは次の駅で降りるんですか?」
刑事「ええ、そうです。(腕時計を見て)もうじき到着します」
作家「旅行ですか?それともお仕事?」
刑事「(顔をしかめ)仕事です」
作家「何か事件でも?」
刑事「ある殺人事件の容疑者を迎えに行くところです」
作家「さつじん?」
刑事「15年前、ある女性が亡くなりました。事故死とされていましたが、実は何者かに殺されていたんです。(外を見つめたまま)そして、その事件の時効が明日で切れるんですよ」
作家は唾を飲み、黙って刑事を見つめる。
しばらく沈黙が続く。
作家「その容疑者というのは」
刑事『(作家を見て)はい、あなたです」
作家は刑事の持つ本を見る。
その表題には『 糸口の果てに 』。
作家は腕時計に目をやり、身の回りのものを片付け始める。
刑事「言い逃れはできませんよ。あなたが出版社に新作の発売を遅らせるよう、必死に頼み込んでいたそうじゃないですか。時効が切れた後に本が出るように調整されていた。違いますか?」
作家「(声をあげ)そんな憶測でよくもまぁ。正気か? 推理小説の読み過ぎじゃないのか? これ以上言うなら」
刑事は人差し指を唇に当て、静かに本を開き、ページをめくる。赤ペンで印が随所につけられているのを作家は目にする。
刑事「この本を手がかりに証拠を探しました。そして、あなたが犯人だと示す決定的な証拠を我々は見つけました」
作家はシートの背もたれに背中を付け、目を閉じる。
作家「だが、一体どうやって」
刑事「先ほどもお伝えしましたが、私はあなたの大ファンです。何週間も新作を待っていられなくて、出版社の友人から発売前に頂いたんです。何が糸口になるか、分からないものです」
作家「(ため息をつき)来週発売の本を持っているのは変だと思ってはいたが」
刑事「まさかこの本が半分フィクションで、半分事実だったとは思いませんでした」
車内放送が、まもなく次の駅に到着することを告げる。
列車は減速し始め、やがて大きなブレーキ音とともに停車する。
外のホームには二人の警官が待っている。
作家「どうしても、この本を書き上げねばならなかったんだ」
作家は刑事が持つ本を見つめる。刑事は本を見下ろす。
刑事「(静かに)お察しします」
【了】
オリジナルの英語版は「Medium」に掲載しています。
https://medium.com/@9d3k3n/the-final-chapter-36967457882a